「穏やかさを育む」2018/11/24-25 瞑想リトリート報告

2018年11月24-25日、東京都内で初めて、2日間の「瞑想リトリート」が開催されました。

いつもは地方や四国巡礼など、泊まりで開催されることの多いリトリートですが、今回は週末の日帰りでの開催ということで、初めての方も参加しやすい内容となりました。

今回、特に自分の中の「穏やかさ – Peacefulness」を育んでいくことについて、冒頭にDr.バリーから話がありました。

「今回大事にしたいことは “Peacefulness”です。穏やかさと言っても、多くのレベルがあります。身体に関することでいうと、行動の穏やかさがあります。また、言葉の穏やかさもあります。人を傷つけない、自分も傷つけない言葉です。
いちばん大切なのは、心の穏やかさです。この心の穏やかさのためには、自分を深刻にとらえすぎないことが鍵になります」

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「先日、チベット同行団の一人が、日本とインドの時差を私に尋ねました。 インドの方が日本より3時間半早いのですが、彼は『失われた3時間はどうなるのか?』と聞きました。私は『私たちはそういった時間の牢獄にいるんだよ』と答えました。
私たちは、時間が確固としてあると考えがちです。しかし、時間とは概念的なものです。そういう意味で、私たちは時間というものが現実にあると考える牢獄に捉われています。
同じように、私たちは自分自身も、現実に確固として実体があると思っています。ですので、誰かに自分のことを批判されたと思うと、気に障ったり、気が動転したりします。
ですがそこで、私たちや自己というものが、あくまでも概念に過ぎないことを思い出してみるのです。すると、大丈夫だと思えます」

そして、これから2日間かけてじっくり学んでいく瞑想についても、改めて説明がありました。

「瞑想というのは、心や意識に働きかけて、心を訓練することです。
私たちは大抵、心の訓練を受けてきていません。学校でも、家庭でも教わることがありません。家庭や学校では、盗まないなどの言動の訓練は受けますが、ここで行う瞑想というのは、心や意識を訓練して、より健康になる、幸せになることです。
瞑想は、大きく分けて2つの種類に分かれます。1つめは「集中する瞑想」で、「シャマタ」とも言われますが、自分の意識を集中して、できるだけ逸れないようにします。それを続けていくと、より意識が明晰になります。
2つめは、ダライ・ラマ法王も良い瞑想と仰るもので、「分析的瞑想」や、「よく熟考する」とも言われます。この瞑想では、コンパッションや智慧、カルマなどの心にポジティブなテーマを選びます。そしてそれについて、頭を使って考えるのではなく、熟考することで体感していくのです。
例えば「無常」というテーマで分析的瞑想を行った場合、砂時計のように一瞬一瞬、すべては変化していく・・ということを分析していきます。そうやってより死に向かうということですが、これは決して失望するためではありません。一瞬も無駄にしない、と自分を動機づけするためのものです。つまり自分が砂時計のようになって生きる、ということです」

そして実際に、シャマタの一点集中の瞑想、そして心の本質の瞑想、慈悲の瞑想などいくつかの瞑想を行っていきました。

そして昼食の間は、「サイレンス」という時間に入りました。それは口でのおしゃべりをやめることで、心の中まで静けさを感じていく時間です。いつもリトリートで行なっているものですが、日常ではつい外側に意識がいってしまう人も、サイレンスに入ることで、自分の心と向き合うことがしやすくなります。

また、 2日目は外に出て、隅田川沿いの道でゆったりと歩く瞑想も行いました。一歩一歩、大地に触れる足の裏の感触に集中しながら、優しい風や水の音に包まれる時間は、リトリートならではの体験です。

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瞑想と瞑想の合間には、参加者の方からの質疑応答がありました。いくつかをご紹介します。


質問:瞑想になれていないので、眠くなってしまいます。

Dr. バリー:とくに瞑想をはじめた初期は、すごく眠くなるか、すごく気が散るかのどっちかに寄るので、心配しないでください。たとえ眠りそうになったり、モンキーマインドな(気が散った)状態になっていても、深い部分で心の浄化が起きているので、瞑想をぜひ続けてください。眠くなりやすい方は、部屋を涼しくして、あまり着込み過ぎないようにしたり、照明を明るくするといいと思います。また、空腹の時の方がいいです。逆に気が散りやすい方は、少し部屋をあたためて、空腹ではない時がいいと思います。

 

質問:自己実現とか慈愛の活動をするうえで、何かトレーニングすることはありますか?

Dr. バリー:はい、あります。より自分が愛情深く、慈愛の活動をしようとすると、智慧の瞑想が必要になります。菩提心のような広大な実践をするには、智慧の学びと実践が必要です。そのためには六波羅蜜(6つの完成の道)が必要です。
1つめは、与えるということです。お布施などの他にも、挨拶、笑顔、衣食住、優しさや愛、敬意を差し出すなど、様々な種類の行為が当てはまります。
2番目は忍耐の実践です。これは怒りへの対策として、怒って相手に害を与えることを防ぐためのトレーニングが必要です。ただ忍耐といっても、状況によってはタフに相手に対峙する強さも必要ですが、怒りをもって行うのではなく、心の中で相手への敬意は忘れずに、愛と慈悲をもって、強く対峙することは、忍耐の行いに含まれます。
3番目は、害を与えない行為です。倫理的な規律とも言われます。この中心は正直さです。
4番目は諦めないことであり、自分で続けていくことです。良い活動をしている場合でも、途中で諦めるとそれが癖になってしまいます。すると良い人間になることや悟りなどのより大きいプロジェクトの時にも、それを諦めてしまいます。
5番目は、自分で自分を妨げないことです。より集中力がついてくると、心の中が安定して、自分を止めてしまったり、自己破壊的な状態になりません。
そして、6番目が智慧です。

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質問:慈愛などの向上心があるときは、大きなプロジェクトもうまくいくことが多かったように思います。しかし失敗した時は、後から振り返れば、自分のエゴがあったからだと気づきました。なかなかその時には分からないのですが、どうしたら良いでしょうか?

Dr. バリー:それは、マインドフルネスに行きつくかと思います。その瞬間ごとに、自分の内側で何が起きているかをみるときに、エゴが出てきているとか、名声を求めていることに気がつけると、謙虚さを思い出し、実践することができます。それによってより幸せになりますし、成功にも繋がります。
日本人は人を喜ばせたい気持ちが強いということを私自身も学んでいるところであり、小さいときは親や先生を、仕事では上司を喜ばせようとする傾向があると思います。
しかし、これもエゴのひとつです。なぜかというと、自分が人にどう見えるのかなど、自分のことが心を占めているからです。
相手を喜ばせようとすることは優しさのようですが、別の側面から見ると優しくないのです。なぜなら、自分のニーズに気づいておらず、自分に優しくないからです。
そういう意味でも、マインドフルネスが必要になります。自分の中で何が起きているか、自分で気づく。相手を喜ばせようとするモードになっていることに気づくこと。それこそが、日常で実践するものです。
もう少し正確に言うと「実体のないブッダの教えを、実際に実践すること」です


質問:瞑想をはじめて1年半ですが、本気でにこにこしていたつもりが、実はその人を好きではないと気づくようになり、そのことに疲れるようになってしまいました。バリー先生は、仮面をつけていることに気づくことがオープンな人間関係に繋がると仰いましたが、私はまだバリアを作ってしまっています。それでも、これが怒りを忍耐に、嫉妬を感謝に変容する訓練だと思ったほうがいいのでしょうか。最近はあまり人に会わなくなって、行き詰っています。

Dr. バリー:怒りを忍耐に、嫉妬を感謝に変容する訓練は続けて頂きたいと思いますし、同時に人との関係も変わってくると思います。すぐにポジティブにはならなくても、それはそれでいいと思います。
仮面とは偽善的な側面のことで、人に対して表面的にある感情を見せているけど、内側では違うということです。しかし、もうそれはしなくてもいいということです。人と対するときに、仮面ばかりかぶって、自分に正直にいないと、もっと恐れや不安が強くなることがあります。様々な局面で様々な仮面をつけると思いますが、まずそれに気づくことだと思います。そして時には仮面を外して、もう必要としていないと気づくことも大事です。すると偽善的な側面が減って、より正直にいられます。そして、内面が穏やかで平和でいられると思います。

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今回ご参加頂いた方々からの感想をご紹介します。

・日頃ネガティブな感情が多く、今回心の浄化についてお話があったので、振り返って瞑想していきたいと思います。

・私は普段話を「する」側が多く、口数の少ない方にいつも気を使って話題を振ったりすることが多かったのですが、今日静かに過ごすことを実践したことで、話さない時間の中に何があるのかに気づくことができました。また、瞑想によって感謝の気持ちや思いやりの気持ちを育めることは新しい発見・学びでした。

・同じことを何度も伝えて頂いているのに、なかなか体験として染み入らないし、忘れてしまうことも多いと感じました。でも、前にやったと思い出せるだけ少しずつ進んでいるとリフレームして学びを続けたいです。

・「現実ではない、実体はない」と考えるとなんとなく不安になりましたが、実体がないということが、一瞬一瞬変化するからだ、と分かるとそうか!と思えました。

 

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「私たち全員が、ポジティブな部分もあれば、ネガティブな部分もあり、ミックスされています。
1000年くらい前、インドにディパンカラアティーシャという高僧がいらっしゃいました。まだチベットの国があった頃で、仏教は衰退し始めていましたが、その時の王が仏教を復興しようとしました。高僧は高齢でしたが、インドからチベットに旅をしてくれました。高僧も自分の修行として、乗り物に乗って、道中に自分の心にネガティブなことが起きたら、黒い石を乗り物に置くことにしました。そしてポジティブなことが起きたら、白い石を乗り物の反対側に置いていきました。する初めは黒い石が積み上がりました。しかしだんだんマインドフルに変容が起こり、白い石が増えていきました。そしてその修行を続けた結果、白い石がほとんどになり、黒い石が少なくなりました。
私たちもだんだんと、そうなっていきます。実践を続けることが大事ですが、時間はかかります。身体的な行動や発する言葉も、少しずつポジティブになっていきます」

少しずつでも、時間をかけて変容していける方法を見つけられることは、嬉しいことですね。
じっくりと瞑想を深めるリトリートは、来年もまた開催予定です。
みなさんと、またご一緒できることを楽しみにしています。